vol.6 樽とワインの不思議な錬金術 *

樽材には次のような資質が求められます。
−頑強な樽をつくるのに必要な強さ −樽材に加工(割材)が容易さ
−曲げなど、樽加工が簡単さ
−保温性にすぐれている
−<コントロールドオキシデーション>を促す適度な浸透性


樽のなかで、ワインには大きな変化がおこります。
第一に樽材からのさまざまな成分(すでに存在するものまた、製樽時の加熱処理により生ずるもの)の 添加によりアロマが生まれ、フレーバーが展開され、より複雑なワインになります。


そしてワインは樽材の浸透性により<コントロールドオキシデーション>とよばれる現象にさらされます。 樽から出された段階でワインは唯単に木香が添加される以上に、目覚しい変化がみられます。


オークで樽をつくること
悪い木材では良い樽はできません。オークの材質はワイン、スピリッツの熟成樽として最適です。


まず樽材は適度な浸透性により継続的にワインと微量な酸素とのコンタクトを可能にします。 そして適度の固形成分、芳香成分、フェノール類を付加します。オークは主に上側、外側にむかって成長します。 生長のとまった心材はリグニンを多く含み、タンニンを飽和しています。樽に使われる部分は全部ではなくシラタ(生長中のやわらかく,漏れやすい部分)生皮、表皮は除かれます。漏りがないようにするためには木の繊維はまっすぐでなければならず、繊維を切断しないように製材しなければなりません。また枝や節がある材は使えません。樽材は最高級の木目のまっすぐで、シラタ、節がなく、年輪が均等な材でなければなりません。あくまでもこれらのポイントをすべてのオーク材に求めるのは不可能です。そこで樽職人はオーク材を早く、簡単かつ正確に選別するための条件を築きあげて来ました。


最も重要視されるのは樽材の産地と木目です。リムーザン地方のオークは木目が広い(ワイドグレイン)ことで知られています。アリエール、ヴォージュ地方のものは緻密(タントグレイン)をして知られています。この2点、産地と木目により需要、すなわち取引価格が左右されます。一番人気のあるオーク樽材はセンターオブフランス、アリエール、ブルゴーニュ地方のものおよび、セーヌ・エ・マルヌ、オアーズのものです。これら産地のオーク樽材の取引は年々増えてきています。アメリカのホワイトオークは元来、スピリッツに多用されていましたが、自然乾燥、トースティングの方法が研究され、現在ではワインの熟成にも評価されています。


白ワインの樽内発酵および樽熟成 オーク樽は一時、管理の難しさから不活性な容器(コンクリート、ステンレス、プラスチックなど)に取って代わられましが、ワインメーカーは高級白ワインに再度樽を使い始めました。一部のドライな白ワインはオーク樽で発酵、熟成するのに適しています。白ワインの樽熟成で最も重要なのは酵母とオークの相互作用です。樽の新しさは期待されるオーク香、その質と量および酸化作用の度合に応じて選ばれます。


酵母の細胞壁はポリサッカライドとよばれるコロイド状の炭水化物です。この物質はアルコール発酵のとき細胞壁から放出され、さらにシュールリーの状態で(死滅した酵母の細胞壁から)より多く放出されます。また懸濁状態にオリをかき混ぜ、舞い上がらせること(バトナージュ)によりワイン中のポリサッカロイド濃度は高まり、均等になります。これら物質はワイン中のフェノール類と結合します。そして熟成中ワインは黄変し難くなるとともに、木のタンニンのインパクトを緩和します。ワインは澄んで渋み、収斂性が弱まります。


シュールリー状態で酸化還元変化をコントロールします。 大樽でオリの上にワインを寝かせた(シュールリー)場合、酸化還元ポテンシャルが落ちこみ、やがて有害な還元臭が生じます。1/10000mgと低い閾値をもつ硫黄化合物の濃度が顕著に上昇します。反対にオークの新樽でオリの上に数ヶ月寝かせたワインでは、コントロールドオキシデーションの効果により、酸化ポテンシャルが強化されます。しかし長期にわたりオリを静置させることは酸化作用を抑制し、還元臭の発生させることになります。そこでオリの攪拌(バトナージュ)により酸化ポテンシャルを高めるとともに、樽内を均等化することができます。


オークは含まれる成分により独特のアロマをワインに与えることが可能です。オークラクトンはココナッツ様、バニリック・アルデヒドはバニラ、オイゲノールはクローブの香味をもたらします。これら香気成分は微量でもテースターは認識できます。しかしこれらの成分が多く含まれ過ぎたワインは粗く、オーク過剰になってしまいます。主発酵がすんでから樽熟成することに比べ樽内発酵+樽熟成されたワインはオーク香が穏やかです。これは酵母の細胞壁とコロイド状炭水化物がある種の香気成分を固定吸着するからです。また、発酵中、酵母の還元作用により香気性の高いバニリック・アルデヒドを無臭性のヴァニリック・アルコールに変えます。同じ理由で、全オリで寝かせたワインは微小のオリのみで寝かせたものよりおいしくなります。


赤ワインの樽熟成 樽は赤ワインにオークの香り、トースティーさ、スモーキーなニュアンスを与え偉大なワインの香りを高めます。香りのみならず、樽はワインの構成、品質に大きな変化をもたらす機能があります。樽熟成で一番大きな効果は<コントロールド・オキシジネーション>酸化還元作用です。樽は多気孔質の素材で干穴、樽材の合わせ目(正直あるいはジョイント)あるいは木部自体から微量の酸素を供給します。新樽に入れられたワインの酸素含有量は0.3〜0.5mg/lit.で酸化還元電位は250〜350mvです。長期にわたって使われた樽の場合、オリ、酒石酸などで内面がふさがれ酸素含有量、酸化還元電位は低下します。3〜5年次(3〜5回使用)の樽の含有酸素を比較すると大樽(ヴァット)と同等の酸化熟成効果(含有酸素0.1mg/lit以下、酸化還元電位200mv以下)であると考えられます。


補填により、上部20cmまでのワインに平均1mg/litの酸素が供給され、樽替えのときには2.5〜5mg/litの酸素が溶け込みます。 樽内の酸化はコントロールされたもので、ゆっくりとワインを成熟させます。樽熟成のあいだ次のことが起こります。炭酸ガスの減少、アルコール発酵+MLF後に舞い上がったオリの沈殿、清澄作用、飽和した重酒石酸カリウムの沈殿による酒石酸(ブドウ、ワインの重要な有機酸)の安定。また、フェノール類(味、色をつかさどるタンニン、色を与えるアントシアニン)に大きな変化をもたらします。タンニン・アントシアニン複合体はワインの色を安定させ、タンニンの凝結はワインをまろやかに、かつ色を鮮やかな、深みのある赤に変えます。適度なタンニンとアントシアニンのバランスが酸化、劣化を抑えると考えられます。反対にアントシアニンが分解すれば赤色は希釈され、タンニンがワインに黄色みをあたえ時期尚早なレンガ色の呈します。


新樽のオークからは数種類の抗酸化成分が得られます。発酵、および白ワインの熟成ででた芳香成分のほかにオークからはエラジタンニン(オーク、クリ特有の水溶性タンニン)が得られます。このフェノール物質はワイン中のほかの物質よりも酸化しやすく、溶け込んだ酸素を消化し、ワインを酸化から守ります。その役割は分子レベルで酸化させることでより重要です。ですからオークタンニンはワインの酸化を調整し、フェノール類のゆっくりした良好な変化、熟成を促します。また酸化分解還元作用を減退させます。この理由により密閉されたステンレスタンクでは得られない効果があります。樽内面に凝固したポリサッカライドはゆっくりワインに溶けだしワインをまろやかにするとともに渋いタンニンを和らげます。


Office National des Forets (フランス森林公社)の資料をもとにオークバレルが加筆作成したものです。内容について、不適当な部分のご指摘、またご意見などいただければ幸いです。

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